春琴抄

両目の明を失い、琴の才と美貌で以って家族に寵愛され続けた春琴は益々驕慢となり佐助を苦しめる蓋し佐助の性癖尋常に非ずしてこの年下の少女に折檻されるを無上の快楽とする。故谷崎潤一郎氏のM性感小説で、佐助が従順に春琴に奉仕し続け折檻され続けるのは良いとしても、火傷によって顔の崩れた春琴を見ないがために自ら盲目になる佐助の選択は些か突飛であり作者の人並でない性癖を窺わせるこちらからちらりと覗きこめば、底の無い穴から何者かに覗き返されたような恐怖を感じずこずこ退散せざるを得ない。崇める女の醜面を見たくないがために佐助自身に目を潰させ、めしいになる行為は妄想の世界の話ではあるのにいやそうであるからこそ、佐助の姿が脳内の微細な神経構造に入り込み、想像したくなくとも眼に針を突き刺す自分の姿を想像してしまう針を刺してみたくなる好奇を内に育ててしまう。谷崎氏の巨大な妄想の中にいきなりぶん投げられ、わずかながらに身を浸してしまった弊害がここに生ずる。鏡の前に立った時、近くの鋏にその先端に眼が向く高い所に立つと飛び降りたくなるのと同じことで、この好奇心には昔から苦しめられ酒でも飲もうものなら堰が切れて実行するかもしれぬという恐怖からなるべく高揚を避け、しかし益々危険な毒物に触れ好奇を育て続けるという悪循環。

 

佐助は女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持って来て寝床の上に端座し鏡を見ながら我が眼の中へ……

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